児童の学習に対する欲求は,「知らないことを知りたい」それも「自分の手で知りたい」というものです。しかし,現在の科学技術教育の主流は「教科書の内容や教師の言うことを素直に信じることによって知る」だけで終わっていないでしょうか。 そこで、児童の持つ本能的な知的好奇心や探究心を刺激することによって,「理科好き」広く言えば「不思議好き」の児童・生徒を育成する新しい教育プログラムの開発および実践を行うことにしました。この試みは、真に科学技術とコミュニケーションが取れる児童の育成を促すだけでなく,現職教員の科学技術系の科目に対する意識の変革および技能の向上を図ることも可能となるものと考えられます。STE教育やSTEM教育の狙いの一つは,科学は身近な現象でも原理は簡単でも,(専門家でも解き明かせないような)複雑であるという社会科学に通ずる特性を利用して児童の科学に対する本質的な興味を生起し,さらには社会科学との柔らかな融合を目指すことができる、あるいは、そのことに挑戦する、というものです。さらに、2000年以降「テキストマイニング」「ビッグデータ」等の用語をよく聞くようになりました。そして、統計学、情報学、さらに、これまでの教育(STEM教育も含む)を融合させた『教育データサイエンス』という用語を聞くようになってくると思います。ちなみに、次期学習指導要領に関する中教審では、「STEAM教育」「才能教育」というキーワードが出てきているので、今後は「教育データサイエンスの視点でSTEM教育をはじめとした教育活動」を眺めていくことの重要になるはずです(2024年2月現在)。
いろいろな創意工夫ができるので、STEM教育は『自分で料理作りを楽しむ』イメージに似ている、と言えます。そして、味見(「ちょっと」から「全体」を予測)するのは『教育データサイエンス』のイメージのように思います。
教育現場では、生徒に「大学入試で高得点をとらせる」ことを重視して、科学技術に関する事柄に対して暗記を有力な学習法と捉えた教育が行われていることがあります。例えば「新月からは右から満ちて満月になるとまた右から欠けるので『どちらも右から』と覚えましょう。」と言われたら、どう思いますか。。。なるほど~、確かに、面白い暗記方法と思います。ただ、思考を駆使した方法と言えるでしょうか。あとは、おかあさん(リトマス紙の色が「青(あ『お』)から赤(あ『か』)で酸(『さん』)性」)とか、疾走感(示相(『し』っ『そう』)化石が環(『かん』)境)とか、中はあんこ(中(『中』)世時代のアン(『あん』)モナイト)とか・・・、思いつくものだけでもたくさんありそうですね。まぁ、これは、これで、楽しいと思ます。鑑賞できる観点は『日本語が持つ豊かな語感のなせる業』というところですね。
科学技術は「自然との対話・共存活動」で捉えることはできないでしょうか。このように考えた時、科学技術における「自然」を「社会」や「人間」に置き換えると、社会科学と科学技術が全く同じ構図であることを意味しています。しかし、現状では「自然現象には明確な解がある」と思い込んでいるために、暗記学習が有力な学習法になっているのではないかと考えられるのです。実際は,「自然現象には明確なプロセスによって引き起こされ,それに対応する解がある」のです。両者には,大きな違いがあるにもかかわらず,これを意識させるような教育プログラムはないのが現状だと思われます。そこで,この差異を児童に認識させるために,学習者に認知的葛藤を生起させる教材を用いて,科学技術に対して社会科学と同様のスタンスで学習させる教育プログラムおよびそのモジュールの必要性を強く感じています。次は、モジュール学習として、多くの実践事例があるSTS教育やSTEM教育について触れてみたいと思います。
STSとは、Science(科学)、Technology(技術) & Society(社会)の略称で、1970年から1980年にかけて、アメリカ合衆国で科学教育の危機の打開策として挙げられた一大科学教育運動として始められたものです。知識の獲得だけに重点を置いたそれまでのFormal Education(学校教育)の中に,問題決定や意思決定の重要視,構成主義論に基づいた教授学習方法,ポートフォリオアセスメントの導入することで、Daily life(日常生活)に潜む諸問題や諸課題にリンクさせていくものです。
STEMとは、Science(科学)、 Technology(技術)、 Engineering(工学)、 Mathematics(数学)の頭文字をとったものです。このSTEMに基づいた教育には、大きくは3つのステップがあると考えています。
Step1; 日常生活の中で種を発見 ⇒ Step2; 様々なアプローチで種の育成 ⇒ Step3; 花が咲く
STEM教育は、校種、学年の枠組みを超えた探究活動、課題解決、創造性の育成、共同研究等に通じる学習過程で、生涯学習の要素を含んでいます。具体的には、【Step1】興味ある題材を日常生活の中で見つけて、【Step2】断片的な概念を紡ぎながら新しい概念を生成し、疑問が解決されるとともに、新たな疑問が生起されるものであり、【Step3】自学を含めた継続的学習により、高い総合的概念を獲得できることが期待されるもの、だと思います。
【独り言】STEM【Step3】で咲かせる花とは・・・、向日葵のように太陽の方向に全て向くような花なのでしょうか。それとも、朝日を浴びる前の向日葵のように、それぞれの方向を向く花なのでしょうか。いずれにしても、花を咲かせるために、児童・生徒から生じる疑問を大切にして、それを次の授業につなげていく気持ちで授業をする、それが教師に求められる『力量』の一つだと思います。
STEM教育実践の中で活用可能な教授方略の具体例として、『QUILT "Questioning and Understanding to Improve Learning and Thinking" フレームワークに基づく発問フレームワークに依拠した授業(理科、技術、数学 バージョン)』について紹介します。大きくは、2つの教授方略( "Puzzling picture" 及び "Think-Pair-Share" )を活用しています。
(1)認知的葛藤を生起させるための 不可解な絵 "Puzzling picture"
発散的発問から始め,不可解な絵を活用しながら科学的知識へと導くための収束的発問に至る教授方略を活用します。右図のように、理科、技術、数学の中にこの教授方略を組み込んでいくようにします。
【不可解な絵の具体例】
① フラスコの中の風船
発散的発問:これは何の写真でしょうか。
収束的発問:どうやってフラスコの中に風船を入れたのでしょうか。
②消えた泡の行方
発散的発問:これは何の写真でしょうか。
収束的発問:どうして、フラスコ内の水が沸騰しているのに、ペットボトルの
水に泡が出ていないのでしょうか。
③ 滝をのぼる水滴
発散的発問:これは何の写真でしょうか。
収束的発問:この現象を説明できますか。
(2)議論を構築させるための"Think-Pair-Share"
認知的葛藤を生起させるための"Puzzling picture"を行った後で,実際に,実験を行います。右の写真は、中学生を対象に『②消えた泡の行方』の実験をしている様子です。フラスコ内で、沸騰している様子を確認しているにもかかわらず、ペットボトルの水に泡が出てこないことが不思議でたまりません。ここに創造性豊かな『新たな疑問』が出てくる可能性が秘められています。
実験終了後,下図に示す "Think-Pair-Share"ワークシート を用いて,話合い活動を進めていきます。
一人“Think”で考えた内容をワークシートに自由記述することで現下の発達水準を確認させます。そのうえで,二人“Pair”,全体“Share”といった話し合い活動をもとにして,ワークシートを自由記述し,次に続く発展的な理解ができたかどうかを確認させるようにします。この話合い活動を"Think-Pair-Share"と呼びます。
"Think-Pair-Share”のベースになっている考え方は、社会的構成主義(例;ヴィゴツキー)に基づくものです。この活動の中でも特に、二人での話合いは重要です。この場面で確実に話合いができるようにするための工夫として、教師は「二人での話合い」という指示ではなく「二人で仮説を立てるようにしましょう」という指示を出すようにすると良いでしょう。実際にいくつかの実践を行った結果、仮説を立てるという指示が無ければ、意見交換で終わってしまう場合が多かったのです。。。私自身、その反省を活かして、仮説を立てるという指示を出すようにしました。こうすることで、科学的な議論になっていくことが期待できます。さらに最後には、全体で共有したことを一人でまとめる時間をとったうえで『新たな疑問は生じましたか。』という問いを投げかければ、授業としては完成です。興味を持った児童・生徒達が自学ができるようになれば授業としては大成功ですね。
【引用文献】
① 山岡武邦,大隅紀和,梅本仁夫(2023)、STEM教育を目指す理科-その考え方と実験事例、東洋館出版.
② 平田豊誠,小川博士他(2022)、小学校理科を教えるために知っておきたいこと-初等理科内容学と指導法-、東洋館出版.
③ 山岡武邦(2021)、発問フレームワークに依拠した理科授業の開発、風間書房.
④ Walsh,J.,& Sattes,B.(2005), “Quality Questioning Research-Based Practice to Engage Every Learner”, pp.ⅴ-ⅷ, Corwin Press.
⑤ Styre,S.,& Sound,R.(1975),“All Science Stimulating Creative Thought Through Picture Riddles”, pp.46-47, The Science Teacher.